わたしを離さないで カズオ・イシグロ
カズオ・イシグロ
ISBN9784151200519
ハヤカワepi文庫
私はこれを先に映画から見てしまいました。(それが悪いというのではなく、自分は概ね原作を先に読むからです)
映画版では介護人となるキャシー(キャリー・マリガン)がとても可愛らしく、他の出演DVDもいくつかamazonでぽちってしまいました。映像も美しいですし、儚いムードが流れる作品です。
内容はというと、ヘールシャムというある目的のための施設で育った、キャシー、トミー、ルースという三人の物語です。作者はカズオ・イシグロという日本生まれの人ですが小さい時に英国に渡ったそうで、元々の小説は英語で書かれており、日本語版は土屋政雄という方の訳になっています。
ヘールシャムという施設(学校)で生活しているのは「提供者」といわれる子供たちです。介護人キャシーの回想からヘールシャムでの生活や提供の真実が明かされていくわけですが、以下はネタバレしますので、もし読んで頂けるとしても未読の方は読了後にお願いします。
- 出版社/メーカー: 20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
- 発売日: 2012/06/02
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文章は海外文学を翻訳した作品っぽい風で丁寧な語り口で進んでいきます。
ヘールシャムというのは実は提供者を育てる施設でも特別な場所で、提供者の人権を実験的に考察する目的があり、そのため絵を描くことなど芸術の授業に力を入れています。ここでの三人の日常や恋が淡々と描かれていきます。
提供者というのは臓器を提供するドナーになるためだけに作られた言わばクローンで、ヘールシャム以外の場所では劣悪な環境で"生産"されています。ヘールシャムでは臓器を提供するためだけに生まれた彼らの感情などを研究する目的があったのです。
現在ではそのヘールシャムも閉鎖され人権的な事は二の次になり、普通の人間に都合の良い状況にされてしまっています。
もちろん普通の人々と提供者は同じ人間で違いは何もありません。ただ提供者は将来を選べず、実験動物の様に提供して終わっていくと人生が決まっているのですが、感情的なもの、愛し合うことにおいて何も違いはないのだという事を描いているのだと思います。
物語では提供者は提供することを苦しみつつも受け入れているようで、また介護人(提供者の世話をする役割の人)になったとしても提供者としての義務からは逃れられず多少先に延びるだけです。
自分がこの提供者としての人生しか与えられなかったらどうするのか、逃げたりしないのか、どうなんでしょうか。提供者は言葉も話せますし感情もあり、ある程度自由な生活を送っています。例えば家猫の様に外の世界を知らなければそういうものだと生きていけるかもしれませんが、提供後は病院(回復センター)での生活が多くなるとはいえ、ある程度人生の楽しみを知ってしまっているのです。
現在の医学ではips細胞の発達などによりある臓器だけ作るということが可能になっていくのでしょうが、どこまでなら許されるんでしょうかね。もし脳を作ってしまったらどうなんでしょう。空の脳を作って記憶を移し替えていけば身体は入れ替わっても永久に死なないという事になるのでしょうか。非常に深い問題を丁寧に描いている素晴らしい作品です。