本棚って壁紙だ!

主に本の紹介、読書感想文、時には漫画、映画などエンタメ全般について綴る

五分後の世界 村上龍

村上龍
ISBN4877284443
幻冬舎

村上龍作品は久しぶりに読みました。面白い。面白いのですが、パラレルワールドに迷い込んだ主人公、何故そうなったか、今後どうなるのかなどは一切語られません。しかし流石プロの作家の小説、迫力と読み応えが違うなという感じがする作品です。

主人公は突然自分の世界とは別に存在するらしい五分後の世界に迷い込み、行進する人達に混じって、目的も分からず歩いている所から話はスタートします。

この行進は鍛え上げられ洗練された兵士達に監視されています。ちょっとでも余計な動作をすれば躊躇わずに射殺される緊張感を背後に感じながら、主人公はぬかるんで不快な道をどうにか一緒になって歩いていきます。

目的地に到着し、一緒に歩いてきた連中が個々に面談を受ける中で、徐々に準国民(準国民て何?)になる試験を受けるためにやってきたのだと分かってきます。しかしこちらの世界のことを何も分からない主人公は、面談で怪しまれ雑居房に連れて行かれ...という風に話が進んでいきます。重要なのは主人公が面談で腕時計を見られて「時計が五分遅れているぞ」と指摘されることです。以下ネタバレしています。

 

五分後の世界 (幻冬舎文庫)

五分後の世界 (幻冬舎文庫)

 

 



途中で主人公が小学校の歴史の教科書を見るシーンがあります。それによると五分後の世界とは、第二次世界大戦で原爆を落とされても日本が降伏しなかった世界のようです。

こちらの世界では、アメリカ軍が南九州に上陸し、北海道、東北はソ連に侵攻され、最終的には連合国に分割統治されています。そして大日本帝国は消滅するのですが、多大な犠牲を払った日本人は、戦闘で生命を大切にする事、敵を知る事(言葉や地理など)や情報が重要だという事を学ぶのです。そして独自にテクノロジーを発展させ、地下に潜み現在も戦争を続けています。

教科書にはおびただしい数の戦争による犠牲者の写真が載っていて、この様に書かれています。
「もし、本土決戦を行わずに、沖縄を犠牲にしただけで、大日本帝国が降伏していたら、日本人は「無知」のままで、生命を尊重できないまま、何も学べなかったかもしれません。」 こちらの世界に住む私達にははっとさせられる言葉です。

五分後の世界では純粋な日本国民は二十六万人しか存在せず、日本人は地下にアンダーグラウンドという都市を構築し、戦争を続けています。アメリカ文化に感化されず、昭和初期の日本のまま文明が独自にハイテクに進化した様な世界になっています。

そして国民は皆鍛えられて規律正しく一つの無駄もなく整然と構築された地下都市で生活しています。これは現在の世界が政治も文化もアメリカによって懐柔されていることに対して、著者が警告を発しているのかもしれません。日本文化の素晴らしさ、日本人の精神的な豊かさなど、現代では忘れ去られてしまいそうな日本の奥深さを、世界に分かる方法と言語と表現で発信していく必要があると伝えたいのだと思います。

この小説は、前半と後半に戦闘シーンがありますが、その圧倒的な描写から、まるで半分近くが戦闘シーンなのではないかと思われる内容です。精緻で気分が悪くなる程の描写で、まるで自分自身が戦場に存在しているかように感じました。

主人公にも我々にも何故五分後の世界に迷い込んだのかは明かされません。ただラストシーンで、主人公は五分遅れていた自分の腕時計を進め、この五分後の世界の住人になる覚悟を決めたようです。今まで自分が存在していたぬるま湯につかり弛みきった世界を捨て、緊張感が伴う第二次大戦が今も続いているこちらの世界に留まろうとするのです。

調べると「ヒュウガ・ウイルス―五分後の世界2」という続編が出ているようですね。本作の謎が明らかにされるのか? これは読まないといけないですね。

 

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