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主に本の紹介、読書感想文、時には漫画、映画などエンタメ全般について綴る

私の男 桜庭一樹

桜庭一樹
ISBN9784163264301
文藝春秋

 5年程前でしょうか、知人がはまったと言っていたので読んだ本です。久しぶりに再読し、一晩挟んだものの引き込まれ一気読みでした。前回は、ああ面白い本だなと楽しめた記憶があるのですが、今回は正直言って主人公の二人に軽い怒りすら覚える読後感でした。直木賞受賞作です。

 初めて読んだ桜庭一樹作品でしたが、内容は衝撃的なものです。章ごとに年代を遡りつつ異なる誰かの視点から書かれていて、第一章で語られたことが、何故そうなったのか徐々に明らかにされていきます。桜庭一樹という名前から最初は男性の作家かと思っていたら女性だったので、これまた少々びっくりでした。

 「私の男は、ぬすんだ傘をゆっくりと広げながら、こちらに歩いてきた。」この様に始まる冒頭からして、既に不穏な空気を感じます。男は自分は濡れても「花」が濡れないように会う直前に傘を画廊の傘立てから引き抜くのです。(しかも赤い花柄) それを見ていた「花」の方も別段それを真剣には咎めません。この二人が世間一般からかけ離れた倫理観を持って生きているのが判ります。

 実は「私の男」とは、結婚を間近に控えた24歳の女性「花」の養父のことです。この養父(淳悟という)は、ひょろりと痩せていて背が高く、安物のくしゃっとしたスーツを着ていても物腰は優雅です。身体的に前後に薄い細身の体格の人はたまにいますが、そういうタイプなのでしょう。湿った雨のような匂いがするこの男は、うらぶれてけだるそうでどことなく退廃的に感じられます。

 以下、ネタバレしないと書けないので、この感想は全編ネタバレしてます。

 

私の男 (文春文庫)

私の男 (文春文庫)

 

 





 この作品は父と娘の禁忌について書かれています。花が幼い頃からこの父娘は男女の関係にあり、また幼い花が喜びと愛おしい感情で淳悟を受け入れるということが一般的にはありえなく、唖然とする内容です。

 この本をどう読めばいいのでしょう。殺人ミステリー、恋愛小説、近親相姦もの、児童虐待の話かもしれません。背徳的な内容です。私はインモラルな話は結構大丈夫なのですが、この話を受け付けない人もいるかもしれません。

 以前このブログの「告白」の記事では、インモラルな内容でも純粋に話として面白ければいいと書きました。それは、主人公の女性教師が復習に至るだけの感情移入できる理由があったからです。

 この話も小説として面白くどんどん読み進んでしまいます。ただ告白と違うのは主人公に感情移入できないことです。小学生の女の子を引き取ったのはどういったつもりだったのか。淳悟が竹中の家に預けられた時、どの様に花の母と関係を持った?のか。竹中家はなぜ花を産み一家で育てることになったのか。この辺りが作中ではぼかされているため、理解できず、淳悟の立場から考えることはできません。

 淳悟が花を引き取ったのは実子だったからかもしれませんが、彼は花が幼い頃から自分の母を重ね合わせ花に甘えます。大塩のいう「人には越えてはいけない線がある」と言う言葉と、花の「親子の間で、してはいけないことなんてあるの?」という言葉を比べると、一般的な思考では大塩に賛成せざるを得ません。

 自分が忘れないためにも、あらすじをまとめておきます。

第一章 2008年(花の目線で書かれている)
 腐野花は安定を求め同僚の美郎と結婚することになり、養父の淳悟を結婚式に招く。淳悟は結婚式のサムシングオールドに古いカメラを持ってくる。そのカメラは昔に死んだ老人のもので、最後に老人を死なせた殺人者が写っている筈だった。
 花は小学4年生で震災に遭い家族を失って、遠縁にあたる淳悟に引き取られていた。花と淳悟には特別な関係がある。花は今更淳悟と離れ上手く暮らしていけるのだろうか。
 そして花は新婚旅行から帰ってきて、「小町」という女性から養父の淳悟が消えたことを聞かされる。

第二章 2005年(美郎)
 美郎は良い所のお坊ちゃん育ちで子どもの頃は霊感があった。
 この章では美郎と花との出会いが描かれる。普通の女の子とどことなく違う花に美郎は興味を持つ。淳悟にも怖い噂があり興味を覚えていた。
 ある日、美郎は酒に酔った花を家まで送っていき、そのまま淳悟に勧められ花と淳悟が暮らす安アパートに泊まる。夜中にトイレと間違って押し入れの襖を開けてしまった美郎はそこに男がいるように見えた。それは花を送るタクシーから降りた時に見た額に黒子のある男だった。美郎は夢だと思った。

第三章 2000年 7月(淳悟)
 花が高校生の頃、花と淳悟は二人で東京足立区の古びたアパートへ引っ越してきた。淳悟はバイク便のライダーで花を養っている。
 ある日北海道から知り合いの刑事「田岡」が尋ねてきて、北海道での過去の殺人事件について語り出す。田岡は古いカメラを持ってきた。事件に関する何かが写っているかもしれないと言う。犯人が花だと知られていると気付いた淳悟は刑事を刺殺してしまう。
 花と淳悟は、毎晩飢えを満たすように愛し合い絡まり合う日々が続いていた。二人だけの濃密な関係だった。

第四章 2000年 1月(花)
 北海道の紋別にいる時、地元の名士である大塩という老人が花と淳悟を気に掛けよく世話してくれていた。大塩は実業家だったが引退しカメラが趣味になっている。淳悟は海上保安部に勤め巡視船に乗っていた。
 ある日、花と淳悟が唇を合わせているのを大塩に見られてしまったようだ。花は九才の頃から淳悟に抱かれていたのだ。それは花にとって切なくも幸せな時間だった。
 実は花と淳悟は血の繋がった本当の父娘で花も大塩もそれを知っていた。花は淳悟とずっと一緒にいたい、だから結婚しない、同じお墓に入りたいと願っていた。大塩は花と淳悟を引き離そうと花に話すが、花は大塩を流氷に誘い込み欠片に乗せる。流氷に乗って流された大塩はカメラのシャッターを押す。そして北へ向かって花から遠ざかっていった。
 大塩を陥れた時の感情が花の女の部分を目覚めさせてしまった様だ。花は淳悟の娘から淳悟の女になったと感じた。二人は紋別を後にし東京へ向かった。

第五章 1996年(小町)
 淳悟が花を引き取った頃に付き合っていた「小町」という女性がいた。小町は最初から花を嫌な感じだと思っていた。花は誰にでも従順で小町には既に死んでいるように感じられた。でも淳悟の側にいると生き返る様にも思えた。
 小町は偶然見てしまった花と淳悟の行動から二人の関係が何かおかしいと感じる。花を苦手で淳悟との間の障害になると思っていたが、実際は淳悟が花の何か大切な物を奪っていたのかもしれない。
 小町は東京に出ようか迷っていた。

第六章 1993年(花)
 竹中花は九歳で奥尻島で家族と暮らしていた。兄弟はいるが花だけが父親に似ていなかった。自分が家族の中では異端だと感じていた。
 地震津波が発生し、父親が花をとっさに軽トラの荷台に乗せ花だけが助かった。淳悟が避難所の体育館に来て花を見つけ、そこに来ていた大塩と相談し引き取ることになる。そして二人は紋別に戻り一緒に暮らし始めた。
 花は淳悟が花の写真を沢山持っているのを見つける。花は淳悟が他人の気がせず最初から一緒にいたいと思う。淳悟は花と養子縁組の手続きをし、花は腐野という姓になった。
 「おかあさーん」と呻きながら淳悟は幼い花の胸に顔を埋めて泣く。花はそんな淳悟を愛おしく感じる。


 これ、映画化されるそうで、どうなったのか観てしまうと思います。二人がタブーを犯す経緯をどう表現するのでしょうか。

 ブログの頭で怒りを覚えたと書きましたが、いわゆる常識で考えた時の二人のあまりの身勝手さを感じたからです。ただ殺人は人の自由を奪うからいけないことは理解できますが、親子で関係を持つのが何故いけないのかというと、常識だからとしか説明できません。他人に知られなければ迷惑を掛けているわけでもないし、子供を作らなければ奇形などの問題も発生しないからです。ただ淳悟が幼い子供に対してそういう行動をとった点に怒りを覚えたのでしょう。

 最後(小説でいうと最初の章)に主人公の花は、女性から見て理想的とも言える男性と結婚するのですが、ブランド物のバッグを持ったりしていても、花はそういう男性(いわゆる玉の輿)を狙うような野心的なタイプとは思えなかったし、今後、いなくなった淳悟の陰を追いかけて美郎からは遠ざかっていくのではないかなと想像しました。

 オホーツク海の青くて暗い寒そうな北の海で、共に家族がいない孤独から濃密な関係を築いた父と娘、世間など関せずに美郎の前でさえ淳悟に寄り添う花、殺人を犯してまで離ればなれになりたくなかったこの二人には何も入り込む隙間など無いんだ、そう感じました。

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